Syukoの星読みブログ


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カテゴリ:├神社仏閣・史跡( 2 )

桃太郎と温羅伝説「吉備津彦神社」


今日は、吉備津彦神社へ初詣に行ってきました。
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桃太郎伝説でおなじみ大吉備津彦命を祀る神社で、
吉備中山(磐座や古墳がある)の東側に位置しています。
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正月3日目ということで参拝者はまだ多めですが、
それでも並んで待つほどでもありませんでした。
割とスムーズに駐車場も見つかり境内に入ります。
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ちょうど獅子舞をやっていて観ることが出来ました。
軽快な太鼓や笛の音のリズムが心地よかったです。
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獅子さん、ぱおーん♪の図。
向こうに映っているのは出番を待つ(笑)猿田彦様方御一同。

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猿田彦様ご退場の図。
お疲れ様です。( *´艸`)


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今年は酉年ですね~。飛ぼう!飛躍しよう!
色んな意味で。

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吉備津彦神社の本殿は岡山県の指定重要文化財になっています。

2014年から行われていた修理保存工事は完了し、
檜皮(ひわだ)が綺麗に吹き替えられておりました(右殿↑)

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また、吉備津彦神社境内の北側には子安神社があり、
子宝、安産、縁結び、育児の神様としても有名です。

関係者の方のお話しでは、
この並びの中にある「幸神社」の辺りが
特にパワースポットなんですよ~という事だったので、
さっそくこちらにもお参りしてきました。

うん、なんだか清々しい「気」がした。
ここは特に空気が澄みきってます!

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この辺りの「吉備の中山」一体は古来から信仰の土地です。

山の西側には「吉備津神社」があり桃太郎が退治した
「温羅(鬼)」の亡骸が封じ込められているらしいのですが、

こちらの「吉備津彦神社」の境内の中にも良く見ると
何かを封じるかの様に!?石を乗せた象徴らしきものが見受けられます。

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※春に訪れたときには近くまで行けたのですが、
現在は立ち入り禁止になっているようでした。

石で何かを封じ込めるだなんて、
かなりオカルティックな発想です。


…ということで「桃太郎神話」や「温羅伝説」について
私も調べてみました。いったいどんな戦いがあったのか?



も~もたろさん、ももたろさん♪
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むかーしむかーし、異国よりこの吉備の国に「温羅(うら)」という者が空を飛んでやってきて、鬼ノ城(現在の総社市)に住みつきました。「温羅」は狼のような爛々とした目、真っ赤に燃えるような髪をしていて、身長は一丈四尺にも及ぶ怪力でその性格は荒々しく凶悪でした。いつも港へ向かう船や人を襲っては食べていたので、人々は温羅の住処を「鬼の城」と呼んで恐れていました。都の朝廷はこれを知って武将を使わし討伐しようとしましたが、変幻自在ですばしっこい温羅をなかなか討てる者はおらず、皆が逃げ帰る有様でした。そんな中、武勇の誉れ高い吉備津彦命が派遣されることになるのです。部下を率いて吉備の国に下って来た吉備津彦命は吉備の中山に陣を取り温羅との闘いに備えます。

そしてついに吉備津彦命と温羅が対戦する時が来ました。吉備津彦命は得意の弓矢で挑みますが、不思議な事に放った矢はいつも温羅が投げた石に当たって海に落ちてしまいます。苦戦を強いられた吉備津彦命は色々と考えを巡らせ、一度に二矢を放つことのできる強い弓を用意して一度に2つの矢を射ることにしました。すると一つの矢はいつものように海に落ちてしまうのですが、もう一つの矢が見事に温羅の左目に突き刺さります。痛手を負った温羅は驚愕し、雉に姿を変えて山中に逃げてしまいました。しかし吉備津彦命もたちまち雉の天敵である鷹となって温羅を追いかけます。追い詰められた温羅は今度は鯉に姿を変えて、自分の左目から迸った血で川となった「血吸川」に逃げ込んで行きました。すると吉備津彦命もすぐさま鯉の天敵である鵜に変身し、ついに血吸川を泳いで逃げる温羅に追いついて噛み付きました。そうしてとうとう温羅をつかまえることに成功したのです。

しかし、捕まってもしぶとい温羅でありました。首を切られてその頭を晒されてもなお、時々目を見開いて唸り声を上げ人々を恐がらせます。気味悪く思った吉備津彦命は部下の犬飼武命に命じて犬にその頭を食べさせるのですが、骨になっても温羅の唸り声は全く静まりませんでした。それを見た吉備津彦命は今度は吉備津宮の釜殿の地中深くに温羅の骨を埋めました。しかしその後も温羅の唸り声は静まることなく、何年にも渡って近郊の村に鳴り響いていました。何をしても収まらずほとほと困り果てていた時に吉備津彦命の夢枕に温羅の霊が現れて「(温羅の妻の)阿曽媛に釜殿の神饌を炊かせるようにして欲しい。そうすれば私(温羅)は貴方(吉備津彦命)の遣いとなって吉凶を告げる役目をしようじゃないか。」と言ったのです。このことを人々に伝えてその通りに神事を執り行ってみると、温羅の唸り声はピタリと鎮まったのでした。その後、温羅は言葉どうり現在の「吉備津神社」の鳴釜神事で吉凶を占う存在になったと言われています。※諸説あり。
(引用&参照:Wikipedia吉備津神社HP吉備津彦神社HP


人を喰っていた温羅ももちろん悪なのですが、その首を切って村に晒し、さらに犬に食べさせ埋めてしまったと言う桃太郎側もなかなかむごいのでありました…。('_')


そういえば、岡山では毎年「うらじゃ祭り」というイベントが
駅前の桃太郎大通りにて開催されております。
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全国から顔に化粧を施したパフォーマーが集まり「おかやま桃太郎まつり」の一環として毎年この地域を盛り上げているのです。(※うらじゃ振興会HPサイト)

封じ込められた「温羅」の魂が
年に一度、主役となって復活するイベント。

悪役「温羅」はここではスターということで
踊りになって暴れ回ることが出来るのです。

繰り広げられるダイナミックなイベント、
そのパワーにもぜひ、触れてみて下さい。


さて、吉備津彦神社のある一宮~倉敷、総社の界隈には「温羅伝説」にまつわる史跡がまだ色々と残っているようなので、興味のある方は是非探索を。あなただけに感じられる秘密の伝説、真実が見えてくるかもしれませんよ。


鬼ノ城(きのじょう)
総社市奥坂にある神籠石式城で国の史跡。
温羅が本拠地としていたと言われる所。

楯築遺跡(たてつきいせき)
倉敷市矢部にある弥生時代の墳丘墓。
吉備津彦命が戦いの準備の為に石楯を築いたと言われる。

・矢置石
岡山市北区吉備津、吉備津神社の境内にある。
吉備津彦命が矢を置いたと言われており、
古くは磐座だったと推測される石。
1月3日には「矢立の神事」が行われる。

血吸川
総社市西阿曽周辺
温羅の左目から吹き出した血で
真っ赤に染まったと言われる鬼ノ城の南にある川。

鯉喰神社(こいくいじんじゃ)
倉敷市矢部
鯉に変身し逃げた温羅を吉備津彦命が捕まえた池。

白山神社(はくさんじんじゃ)
岡山市北区首部(こうべ)
温羅が吉備津彦命に首をはねられたと言われる地。
境内には温羅を祀る鬼神首塚が残っている。

吉備津神社御釜殿(おかまでん)
岡山市北区吉備津の吉備津神社
吉備津彦命が温羅の首(骸骨)を埋めた場所。

艮御崎神社(うしとらおんざきじんじゃ)
岡山市北区辛川市場
「小丸山」の丘上、温羅の胴体が祀られている。

中山茶臼山古墳
岡山市北区吉備津
吉備の中山の山頂にある「大吉備津彦命の墓」

吉備津神社
岡山市北区吉備津931
御釜殿の「鳴釜神事」で有名

吉備津彦神社
岡山市北区一宮1043
別名「朝日の宮」、神オワスやすらぎの社

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≪参考・観光案内≫
おかやま旅ネット
総社市観光案内サイト 
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by syuko-astrology | 2017-01-03 23:52 | ├神社仏閣・史跡 | Comments(0)

サムハラ神社奥の院@津山市加茂町


岡山県津山市にある、サムハラ神社奥の院
加茂町中原の山の中(日詰山)にある小さな神社。

ここは「指輪のお守り」でブームとなっている”大阪のサムハラ神社”の発祥となる神社です。
近年では大阪のサムハラ神社だけでなく建立した田中氏の故郷「奥の院」も注目され、その発祥の地を訪れようと全国各地からお参りに来る人が増えています。


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サムハラ神社奥の院の歴史

天正9年(1581年)頃、この日詰山あった落合城に「サムハラ」と神字で書かれた石碑がありました。この石碑を拝みその神字を紙に写して身につけた者は戦に出ても鉄砲や矢が当たらず無事に帰還することが出来ると武士や戦に出る者の間で熱心に信仰されておりました。

明治元年、この地域に”田中富三郎”氏が生まれます。彼は徴兵で日清日露戦争に出征しましたが激戦で多くの犠牲者がある中無事に生還を遂げており、サムハラの護符を身につけていたお蔭に違いないと強く信じていました。

その後、彼は大阪に出て事業で大成功する事になるのですが、このように自分がビジネスで生き残れたのもサムハラの護符や信仰のおかげだと考え、そして昭和10年(1935年)荒れ果てていたサムハラの祠を復興しました。事業をしていた大阪では立売堀に”サムハラ神社”を建立しますが、復興したこの故郷の祠は「奥の院」として大阪のサムハラ神社発祥の地としたのです。

(引用:津山瓦版 e-tyuyama.com

サムハラ神社奥の院は津山市から車を走らせること40分程、のどかな風景の広がる鳥取県境近くの山間にあります。近く、というか隣には「加茂金刀比羅神社」がありますのでカーナビでは「金刀比羅神社」を設定して目指すと辿りつけると思います。

全体的にはのどかな田舎って感じなんですけれど山のふもとにはコンビニも2件ほどあったように思います。私は確かココでおにぎりを食べてから行きました、ちょうど昼前に加茂地域についたので。
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ところで「サムハラ」という文字はパソコンで変換の出来ない漢字(神字)らしいです。よく見ると全部「手へん」なんですよね。それに最初の文字である「サ」と3番目の文字「ハ」は同じ形、発音は違うけど…。

う~ん、なんとも不思議な文字です。「手へん」ってことは動作や動きなどに何か関係することに由来するのかなと?思いますね、強運をこの手で掴む!って事かもしれません。(あくまでも個人的見解)

でも確かにここにお参りをしてから精神的に強くなったような気がしています。それから仕事運も上がったかもしれない。自分の中の芯がしっかりしたというか動じなくなったというか、そんなご利益を感じています。「寝転がって何もせずに幸運にあやかりたい。」どこの神様もそうですがそんな気持ちではご利益も感じられないでしょう。特にここの神様は頑張る人が好き!自分で自分の道を切り拓いていこうと挑戦していく人を「災厄なきよう護って下さる」神様なのかもしれませんね。




「サムハラ」という言葉の意味についてネットで調べてみた所、「宇宙森羅万象の気を整え歪みを戻す」という意味が込められているとありました。また、いかなる業をも一瞬にして浄めてしまうとも。もちろん諸説ありなのでしょうが、これについては私自身、思い当たる現象が1つ2つあるのです。
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まず1つ目の不思議現象は参拝に訪れる前のこと。
この「サムハラ神社奥の院」について初めてネットで調べていた時、トレーニング中でもないのに急に小周天が回り始めました。身体の芯が熱くなって各チャクラが自然に活性してきた。「なんだこれは~?何が起こってるんだ?」と嬉しいような驚きのハプニング発生。その夜は夢の中で月と光の玉を見ました、そこに龍がいて…、周囲が神秘的な光に包まれていて…なんだか不思議な一日でした。


2つ目の現象は、一緒にこの神社に参拝した人のことなのですが、午前中は肩が凝ってしんどいと神社までの坂道をあがるのもやっとこさっとこな状態で文句ばっかり言っていたのに(笑)、このサムハラ神社の鳥居が見えた瞬間にシュワ~っと何かが身体から出て行ったようで⁉いきなり元気全開に!隣の金刀比羅神社の上にある展望台なども私よりスタスタと上がれる体力を復活させたことです。

たまたまにしても嬉しい。



またサムハラ神社の祭神について調べてみると、「天之御中主神(あめのみなかぬし)」、「高皇産霊神(たかみむすひ)」、「神皇産霊神(かんみむすひ)」という三神でした。この三神は造化三神と言われ、天井界を収めていた神様なのです。天地の始めに高天原(たかまがはら)に現れその後この地上世界が出来ていったのだそうです。宇宙のおおもとの神様、この世界を創った神様だったとは~!だから中心点にぐっと戻してくれる感覚があるのかもしれません。

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ちなみに隣の「金刀比羅神社」を通って坂を上ると見晴らしの良い展望台がありまして眼下に美しい加茂地域の風景を見る事が出来ます。

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再建以前のサムハラの祠はこの展望台の敷地にあったらしく、祠やお地蔵様が残ていました。いわゆる視える人に言わせるとこっちの方がパワーがあるとか、地場が強いというお話しです。私にはその違いは分かりませんでしたが山すべてが丸ごとパワースポットなのではないかと思いました。^^

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「金刀比羅神社」の方には社務所や休憩所トイレはあるのですがここも普段は基本的には無人のようです。私が訪れた日も男性の参拝客の方に1人、すれ違っただけでした。(その方もネットなどで噂を聞いて訪れたようでした)

日中でも静かな雰囲気なのでちょっと一人で来るには寂しいかも、特に女性は。

年に数回お祭りやイベント時期には地元の方々が賑やかに集まっておられるようですから、そんな時に訪れてみるのも良いかもしれませんね。

ちなみにふもとの鳥居から上がる道をずっと行くと裏に駐車場がありまして、そちらから行くと長い階段を上がらなくてもたどり着けるようになっています。

足が悪い方や体力に自信のない状態の方は裏側の駐車場の方から上がってみて下さい。まあ、帰りには嫌でも元気になってしまう確率が高いとは思うんですが。^^




近年は大阪のサムハラ神社と連動してこちらの奥の院にも注目が集まっています。ここは山中に佇む小さな神社ですがやはり「発祥の地」って惹かれるものがありますよね。どんな人物がどんな想いで作ったのか?またどんな言い伝えや歴史が続いてきたのか?そして気になるのはやっぱり在り難いご利益。


飾らず気取らず普段のままで参拝してみて下さい。
参拝者ひとりひとりの想いや今必要なエネルギーなど
神様は全部お見通しで迎えて下さいますよ。




サムハラ神社奥の院
岡山県津山市加茂町中原→MAP
参考サイト→津山瓦版e-tyuyama.com



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by syuko-astrology | 2016-10-12 14:25 | ├神社仏閣・史跡 | Comments(0)


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